成功するトマト栽培の鍵:日射比例灌水とデータに基づく環境制御技術レポート
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- 2 日前
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はじめに
現代の日本のトマト栽培は、生産者の高齢化や後継者不足、そして昨今の原油価格高騰に伴う暖房費や資材費の上昇といった、数多くの厳しい課題に直面しています。これらの構造的な問題を乗り越え、持続可能で収益性の高い農業を確立するためには、経験や勘に頼る従来の手法から脱却し、科学的データに基づいた技術革新を取り入れることが不可欠です。
本レポートは、トマトの安定多収を実現するための核となる「環境制御技術」に焦点を当てます。特に、光合成の最大化という普遍的な目標を達成するための「日射比例灌水」の重要性や、地域・作型ごとに異なる高温対策、そして最適な養水分管理手法について、最新の知見を交えながら体系的に解説します。
このレポートが、日々の栽培管理に奮闘されている生産者の皆様、ならびに現場を支える農業指導員の皆様にとって、自らの圃場に最適な栽培アプローチを選択し、未来への賢明な投資を行うための一助となることを目的としています。

1. 現代トマト栽培における環境制御の共通認識
現代の施設園芸において、環境制御は単なる作業の一つではなく、作物が持つ潜在能力を最大限に引き出し、収益性を直接左右する極めて戦略的な要素となっています。気候や栽培様式が多様であっても、すべての生産者が目指すべき根源的な目標は共通しています。
それは「光合成の最大化」です。
光合成は、植物が成長するためのエネルギーを生み出す根源的なプロセスです。その効率は光、CO2、温度、水という4つの主要な要素によって決まります。これらの要素は独立しているのではなく、相互に密接に関連し合っています。例えば、光が強くてもCO2濃度が低ければ光合成は頭打ちになり、逆にCO2濃度が高くても水分が不足すれば気孔が閉じてしまい、CO2を効率的に取り込めません。したがって、これらの要素をバラバラに管理するのではなく、統合的に制御し、光合成の律速段階をなくしていくことが、収量と品質を向上させるための基本戦略となります。
近年、スマート農業技術の普及は、この統合的な環境制御を大きく前進させました。特に、温湿度やCO2濃度などを計測・記録する「あぐりログ」のようなデータ計測ツールは、北海道から九州まで多くの生産者に導入され、これまで経験や勘に頼らざるを得なかった栽培管理を「見える化」しました。このデータに基づいたアプローチは、栽培管理における新たな標準となりつつあります。
この流れの中で、特に灌水制御に関する考え方は大きく進化しました。従来は土壌水分センサーに依存する方法が主流でしたが、センサーの設置場所によって局所的な値しか測れない点や、経年劣化によって測定値がばらつくという課題がありました。これに対し、現在最も合理的でロバスト(頑健)な手法として認識されているのが「日射比例灌水」です。日射量はハウス全体に影響する普遍的な変数であり、一点の土壌水分を測るよりもはるかに信頼性が高い指標となります。
日射比例灌水の主な利点
• 光合成との直接的な相関: 日射は光合成のエネルギー源であり、植物の蒸散量(水分要求量)と極めて強い相関関係にあります。つまり、日射量を基準に灌水量を制御することは、植物の生理に基づいた最も合理的なアプローチと言えます。
• 天候変動への即時対応: 天候は日々、刻々と変化します。「晴れ」と「曇り」では日射エネルギー量が大きく異なるため、日射量にリアルタイムで連動して灌水を行うことで、常に最適な水分供給が可能になります。
• 根圏環境の最適化: 日射比例灌水は、水のやりすぎや不足といった失敗を防ぎます。これにより、根腐れや乾燥ストレスを回避し、根が健全に活動できる最適な土壌環境を維持しやすくなります。
このように、光合成の最大化を目標とし、データに基づいて日射量に応じた灌水を行うことは、現代トマト栽培における共通の成功法則と言えるでしょう。しかし、この基本原則を踏まえつつも、各地域の気候特性や作型によって、優先すべき技術や対策は異なってきます。次のセクションでは、特に日本の栽培環境で大きな課題となる「高温対策」について掘り下げていきます。
2. 地域・作型による「高温(暑熱)対策」の独自性とリスク
日本の施設栽培、特に夏秋作型においては、夏場の高温化が収量と品質を脅かす最大の経営リスクとなっています。生育適温を超える高温環境は、トマトの生理活動を著しく阻害するため、効果的な暑熱対策は経営の安定化に不可欠な要素です。
日本の施設園芸の多くは、オランダのような高度な環境制御を前提とした大規模なガラス温室ではなく、比較的低コストで設置可能なパイプハウスで運営されています。これらの施設は必ずしも環境制御に最適化されているわけではなく、特に夏場は熱がこもりやすい構造になっています。そのため、高額な冷房設備を導入する前に、まずはコストを抑えつつ効果を最大化できる物理的なアプローチが重要となります。
最も基本的な対策は「換気効率の向上」です。ハウス内の熱気を効率的に排出することが、温度上昇を抑制する第一歩です。具体的には、妻面(ハウスの短辺側)を開放して風の通り道を作ったり、循環扇を適切に配置してハウス内の空気を動かし、淀みをなくすといった対策が有効です。これにより、ハウス内に熱がこもるのを防ぎ、高温による生育障害のリスクを物理的に低減させることができます。
高温がトマトに与える生理的リスクは深刻です。単に生育が停滞するだけでなく、他の要因と複合することで、品質を著しく損なう障害果の発生率を高めます。
高温と複合要因による障害果の発生メカニズム 高温ストレス下では、植物の養分吸収バランスが崩れやすくなります。この状態で、窒素過多や着果過多といった別のストレスが加わると、果実の正常な発達が阻害されます。結果として、肩の部分が緑色のまま成熟しないグリーンバック果、果肉が柔らかくなる軟果、維管束が変色するすじ腐れ果などの障害果が発生しやすくなります。
これは、北海道のミニトマト栽培マニュアル(留萌農業改良普及センター)でも指摘されている通り、特に高温下での窒素過多や着果過多が引き金となります。物理的な換気対策は基本ですが、それだけでは万全とは言えません。作物の状態を正確に観察し、高温下でも養水分のバランスを崩さないような精密な管理を行うことが、暑熱対策の効果を最大化する鍵となります。次のセクションでは、その核となる養水分管理について、栽培システムごとの特徴を踏まえながら解説します。
3. 養水分管理と栽培システムごとの特長
最適な環境を整えても、作物の成長に必要な養分と水分が適切に供給されなければ、収量と品質は向上しません。土壌の特性や目指す栽培の方向性によって、養水分を供給する栽培システムは多様化しています。それぞれのメリット・デメリットを深く理解し、自園の状況に合わせて選択することが、省力化と収益性向上の両立に繋がります。
主要な栽培システムとその特徴
現在、主流となっている栽培システムには、主に以下の3つが挙げられます。
• 養液土耕栽培
◦ 特徴: 従来の土耕栽培をベースに、灌水チューブを通して液肥を供給する「灌水同時施肥」を行う手法です。
◦ 利点: 土壌が持つ緩衝能(急激なpHや肥料濃度の変化を和らげる力)を活かせるため、管理が比較的安定します。既存の土耕施設を流用しやすく、初期投資を抑えられる点も魅力です。
• 水耕栽培(ロックウール等)
◦ 特徴: ロックウールやヤシガラなどの培地を利用し、土壌を介さずに養水分を直接根に供給する手法です。
◦ 利点: 土壌由来の病害(連作障害)リスクを完全に回避できます。養水分の吸収量を精密にコントロールできるため、データに基づいた高度な栽培管理が可能です。また、栽培終了後の改植作業が土耕に比べて格段に省力化できるという大きなメリットもあります。
• 独立ポット耕・少量培地耕
◦ 特徴: 株ごとに独立したポットや少量の培地で栽培し、根が伸長する領域(根域)を制限する手法です。
◦ 利点: 根域が小さいため、灌水や施肥に対する作物の反応が速く、より精密でダイレクトな養水分コントロールが可能になります。草勢のコントロールがしやすく、高品質なトマト生産を目指す場合に適しています。
いずれのシステムを採用するにせよ、植物の生育ステージに応じた追肥管理が極めて重要です。特にトマトは、第1花房の果実が肥大し始める時期から、窒素(N)とカリ(K)の吸収量が急激に増加します。このタイミングで追肥が不足すると、草勢が弱まり、その後の収量に大きく影響します。収穫が始まった後は、収穫量に見合った量の追肥を継続的に行うことが、長期にわたって草勢を維持し、安定した収量を確保するための必須条件です。
そして、この精密な養水分管理の成否を分けるのが、作物の状態を的確に把握する「草勢診断」の技術です。データだけでなく、日々植物そのものを観察し、その「声」を聞くことが重要になります。
草勢診断のポイント
• 展開葉の大きさ: 葉が小さい場合は、草勢が弱いサインです。
• 茎の太さ: 生長点付近の茎が細くなっている場合も、栄養不足や草勢低下が考えられます。
• 開花位置: 主枝の先端から開花している花房までの距離が短くなっている場合、草勢が弱っていると判断できます。
このような草勢低下のサインが見られた場合は、速やかに施肥量や灌水量を増やすといった具体的な対策を講じる必要があります。
このように、最適な栽培システムの選択は、単に作業のやり方を変えるだけでなく、どのようなレベルの環境制御を目指し、どのような品質・収量を目標とするかという、経営全体の戦略に直結する重要な判断と言えるでしょう。
4. 結論:自園に合った環境制御と未来への投資
本レポートでは、現代トマト栽培における共通の基本原則から、地域や作型に応じた具体的な対策、そして栽培システムごとの特徴までを分析してきました。これからのトマト生産において持続的な成長を遂げるためには、すべての圃場に当てはまる唯一絶対の正解を求めるのではなく、生産者一人ひとりが自らの圃場の気候条件、施設の状況、そして経営戦略に合致した最適な環境制御技術を主体的に選択し、投資していくことが不可欠です。
その投資判断の指針として、栽培地域と作型に基づいた2つのシナリオを提案します。
• 温暖地での冬春作や、寒冷地での栽培に注力する場合
◦ これらの作型では、外気温が低いため施設を密閉する時間が長くなります。その結果、日中の光合成によってハウス内のCO2が消費され、濃度が外気よりも低い「CO2飢餓」の状態に陥りがちです。このため、「CO2制御の高度化」が収益向上に直結します。
◦ 千葉県の研究事例では、従来の早朝高濃度施用区が総収量10.1 t/10aに対しCO2を1,870 kg/10a施用したのに対し、低濃度長時間施用区では、より少ないCO2施用量(1,700 kg/10a)で、より高い総収量(11.3 t/10a)を達成したことが報告されています。これは「より少ないコストで、より多くの収量を得る」ことをデータで証明したものであり、燃料費が高騰する現代において、CO2発生装置や制御機器への投資が極めて高い費用対効果を生む可能性を示唆しています。
• 温暖地での夏秋作を主力とする場合
◦ この作型では、前述の通り、高温による生育停滞や品質低下が最大のリスクとなります。したがって、投資の優先順位は冷却能力の向上に置かれるべきです。
◦ 基本的な換気設備の強化(大型換気扇の導入など)に加え、より積極的に温度を低下させる「細霧冷房(ミスト)」などの冷却設備への投資が有効です。これにより、高温期の収量と品質の安定化を図り、収益機会の損失を防ぐことができます。
光合成の最大化から日射比例灌水に至るまで、本レポートで解説してきた基本原則を実践に移す上で、鍵となるのは正確で予測的なデータです。これらの的確な判断と日々の栽培管理を力強く支援するために、弊社ではデータに基づいたソリューションを提供しています。
• 日射量予測アプリ「このあとてんき」
◦ 本レポートで繰り返し強調してきた「日射比例灌水」を実践するためには、正確な日射量の把握が不可欠です。従来の天気予報が提供する「晴れ」という曖昧な情報では、「夏の晴れと冬の晴れでは日射エネルギーが大きく異なる」という課題を解決できませんでした。本アプリは、具体的な数値(MJ/㎡)でピンポイントの日射量を予測します。これにより、経験の浅い新規就農者の方でも、まるでベテラン生産者のように的確な灌水計画を立てることが可能になります。
• 環境制御装置「GO SWITCH」
◦ 「このあとてんき」の予測データを活用し、天窓や側窓の開閉を自動で最適化するソリューションです。予測データとリアルタイムの環境データに基づき、これまで解説してきた換気や温度管理といった最適な環境制御を自動で実現し、生産者の負担を軽減しながら収益の最大化に貢献します。
未来の農業の主役は、データです。自社の置かれた状況を客観的なデータで正しく理解し、目標達成のために最も効果的な技術は何かを見極め、的確な投資を行うこと。それこそが、これからの厳しい時代を乗り越え、持続可能なトマト生産を実現するための確かな道筋であると確信しています。
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参考文献
• 千葉県・千葉県農林水産技術会議 (2019). 『トマト・キュウリにおける 炭酸ガス施用の技術指導マニュアル』.
• 熊本県 (発行年不明). 『トマト栽培における赤外線反射資材、遮光、裂果、収量に関する研究報告要旨』.
• 留萌管内広域ミニトマト生産者協議会, 留萌農業改良普及センター監修 (2019). 『留萌広域ミニトマト栽培マニュアル(2018追記版)』.
• GREEN OFFSHORE. 「無料で使える日射量予測アプリ 『このあとてんき』」.
• 農業・食品産業技術総合研究機構 野菜茶業研究所 (2008). 『主要な野菜品目および茶業における低コスト安定生産技術の開発に向けた研究戦略』.


