週末にじっくり読みたい、キュウリ栽培の最前線:宮崎モデルに学ぶ、データ駆動型大規模施設園芸のトレンドレポート
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- 5 日前
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1. 序論:日本のキュウリ栽培が迎える転換期
日本の施設園芸は今、大きな転換期を迎えています。長年にわたり国内の食卓を支えてきた生産現場は、担い手の減少と高齢化、生産資材の価格高騰、そして施設の老朽化といった深刻な課題に直面しています。特に、キュウリやピーマンなどの主要品目で全国トップクラスの生産量を誇る宮崎県のような一大産地にとって、生産基盤の脆弱化は国内の食料供給体制を揺るがしかねない喫緊の課題です。
こうした状況を打破し、日本の「食料供給県」としての役割を維持・強化するため、宮崎県をはじめとする先進的な産地では、生産性の飛躍的な向上を目指した新たな取り組みが始まっています。その核心は、施設の「大規模化・集約化」と、ICT(情報通信技術)を活用した「データ駆動型農業」へのシフトです。本レポートでは、宮崎県の次世代施設園芸拠点(宮崎モデル)の先進的な取り組みを分析し、これからの日本のキュウリ栽培が目指している方向性を明らかにします。

本レポートで解説する核心的なテーマは、以下の2点に集約されます。
• 生産性向上の鍵: 大規模施設園芸と栽培管理技術の革新
• 新たな標準: データに基づいた精密な環境制御の重要性
宮崎県の実証事例は、個々の技術導入に留まらず、栽培から労務管理、経営までを有機的に連携させた統合的な生産システムを構築しようとする試みです。勘と経験が重視されてきた従来型の農業から、誰もが科学的根拠に基づいて高い成果を上げられる次世代型農業への移行。
本稿では、宮崎モデルを徹底解剖し、それが日本の施設園芸にとって、単なる選択肢ではなく、来るべき未来の「設計図」であることを解説していきます。
2. ケーススタディ:宮崎県における次世代型大規模栽培施設の全貌
宮崎県は、温暖な気候を活かした施設園芸が盛んで、キュウリの生産量は全国でもトップクラスを誇ります。しかし、その地位を未来にわたって維持するためには、構造的な課題の克服が不可欠でした。そこで県は、宮崎県国富町に次世代施設園芸の拠点を設立し、大規模経営を前提とした高収益生産モデルの技術実証を開始しました。この取り組みの戦略的重要性は、単なる面積の拡大ではなく、高収益を可能にする栽培管理システムの構築と、それを実践できる次世代の担い手育成を両輪で進めている点にあります。
この「宮崎モデル」を支えているのは、栽培環境、エネルギー、労働力、そして作物管理思想までを網羅した、以下の6つの統合的な技術的特徴です。
• 複合環境制御システムによる栽培管理 「宮崎モデル」の頭脳とも言えるのが、UECS(ユビキタス環境制御システム)を核とした統合型生産支援システムです。高度な環境制御を可能にするSaaS型システムを導入し、ハウス内に設置された各種センサーから得られる温度、湿度、CO2濃度、日射量などのデータを一元管理。これらのデータに基づき、暖房機や換気窓、カーテン、CO2発生器などを自動で最適制御します。これにより、勘や経験に頼ることなく、科学的根拠に基づいた最適な生育環境を効率的に創出し、生産性の向上に直結させています。
• 低コスト耐候性ハウス 西南暖地の大きな課題である台風への対策として、耐風速50m/sという高い強度を持つハウス構造を採用しています。これは、海外で主流のフェンロー型ハウスとは異なり、台風接近時に耐えられる構造を優先した設計です。換気効率は相対的に劣るものの、この点を補うため、循環扇やCO2発生器、ミスト細霧機等を積極的に活用し、ハウス内部の環境を能動的に管理する設計となっています。初期投資とリスク管理のバランスを両立させた、日本の気候風土に適した選択と言えます。
• 養液土耕栽培 導入コストの低減、作業の省力化、そして品質・収量の向上という複数のメリットを考慮し、養液土耕栽培(かん水同時施肥栽培)が採用されています。この方式では、点滴チューブを用いてかん水と同時に液肥を供給するため、土耕栽培における追肥作業が大幅に省力化されます。また、作物の生育ステージに合わせて必要な養分を安定的に供給できるため、生育が安定し、収量と品質の向上に繋がります。ただし、この方式は土壌を培地とするため、適度な通気性や保水性を確保する「土づくり」が成功の基盤となる点は忘れてはなりません。
• 木質ペレット暖房機 暖房燃料として、原油価格の変動リスクを受けにくい木質ペレットを採用しています。これは、経営の安定化に寄与するだけでなく、カーボンニュートラルなエネルギーを利用することでCO2排出量を削減する、環境配慮型の選択でもあります。着火・消火に時間を要する、燃焼灰の掃除が必要といった重油式暖房機との違いはありますが、持続可能な農業経営を目指す上で重要な要素となっています。
• 体系的な労務管理 1棟あたり最大50a(アール)にもなる大規模経営では、雇用労働力の確保と効率的な活用が成功の鍵を握ります。宮崎モデルでは、作付計画の段階から人員配置を最適化し、労働効率を最大化する体制を構築しています。特に重視されているのが、作業員一人ひとりが「なぜこの作業を行うのか」という作業の意味を理解することです。これにより、各々が主体的に作業スピードと質の向上を図れるようになり、組織全体の生産性を高めています。
• 宮崎方式ICM(総合的作物管理)技術 化学農薬だけに依存するのではなく、適正な施肥や土づくりといった栽培管理の基礎技術を徹底した上で、生物農薬などを有機的に連携させる「総合的作物管理(ICM)」を実践しています。この思想は、単に病害虫を防除するだけでなく、作物が健全に育つ環境を総合的に整えることで、安全・安心な農産物の安定供給と「儲かる農業」の両立を目指すものです。
宮崎モデルの真価は、これらの要素技術が個別に機能するのではなく、互いの効果を増幅させ合う「相互補完的なシステム」として構築されている点にあります。この統合思想こそが、次世代施設園芸を成功に導く核心なのです。
3. 栽培技術の革新:収量と作業効率を最大化するキュウリ栽培法
大規模施設園芸において、経営の成否を分けるのは反収(単位面積あたりの収量)だけではありません。むしろ、「作業効率」こそが、収益性を左右する極めて重要な要素となります。特に、多くの雇用労働力を前提とする経営では、農作業未経験者でも理解しやすく、実行しやすい栽培管理方法の確立が不可欠です。
この課題に対する最適解として、宮崎県拠点が採用したのが「つる下ろし栽培」です。従来の主流であった「摘心栽培」と比較して、作業の標準化と効率化に絶大な効果を発揮します。
作業名 | 摘心栽培 | つる下ろし栽培 |
栽培管理 | 側枝の発生が多く、初心者には摘心する枝の判別が難しい。 | 1〜2週間に1度の作業が必要だが、内容は単純で初心者でもわかりやすい。 |
収穫 | 中、上位に着果し、収穫効率が悪い。 | 中、下位の概ね同じ高さに着果し、作業効率が良い(収穫作業時間は摘心栽培の60%)。 |
摘葉 | 株全体の採光性を考慮して実施するため、初心者には判断が難しい。 | 下位葉から順番に行うため、わかりやすい。 |
農薬散布 | 葉の大小や側枝の発生が株によって異なり、均一な散布が難しい。 | 葉の着生方向が一定なため、農薬が葉の表裏に付着しやすい。 |
上記の表が示すように、「つる下ろし栽培」は各作業工程がシンプルで標準化しやすいため、作業の習熟度に依らず、安定した品質とスピードを確保できます。
この栽培方式の変更がもたらした経営インパクトは、目覚ましいものがあります。宮崎県拠点の実証データによると、「摘心栽培」から「つる下ろし栽培」へ移行した結果、以下の成果が報告されています。
• 反収(10aあたり):17.3t → 18.1t (104%に増加)
• 作業時間(10aあたり):2,972時間 → 1,794時間 (元の60%に短縮、40%の削減)
• 販売金額(10aあたり):3,920千円 → 4,590千円 (117%に増加)
反収を維持・向上させながら作業時間を大幅に圧縮し、結果的に販売金額を増加させたこの事実は、栽培技術の選択がいかに経営に直結するかを明確に示しています。
このように、栽培技術の最適化は、大規模施設園芸における生産性向上の強力なエンジンとなります。そして、この効果は、次章で解説するデータに基づいた精密な環境制御と組み合わさることで、初めてその真価を最大限に発揮するのです。
4. データ駆動型農業へのシフト:日射量予測の重要性
宮崎モデルの成功が示すように、現代の施設園芸における競争力の源泉は、単に最新設備を導入することから、センサー等から得られる環境データをいかに活用するかへとシフトしています。特に、作物の光合成に直結し、生育のエネルギー源となる「日射量」の正確な把握は、最適な栽培管理を行う上での絶対的な基盤となります。かん水や施肥の量とタイミング、CO2施用の濃度設定など、日々の重要な判断はすべて日射量と密接に関連しているからです。
しかし、従来の農業現場では、この最も重要な指標である日射量を、極めて曖昧な情報に基づいて判断せざるを得ませんでした。一般的な天気予報が提供する「晴れ」や「曇り」といった情報では、光合成に必要なエネルギー量を正確に把握することは不可能です。例えば、夏の「晴れ」と冬の「晴れ」では、日射エネルギーの総量は大きく異なります。
この曖昧さが、農業経営における大きなリスクとなっていました。結局のところ、生産者は長年の「経験と勘」に頼らざるを得ず、特に新規就農者や経験の浅い農業者にとっては、収量や品質が安定しない大きな要因となっていました。天候の変化に合わせた的確な判断は、一朝一夕には身につかない「匠の技」とされてきたのです。
これからの農業が生産性を飛躍的に高めるためには、この「経験と勘」への依存から脱却し、誰もが客観的なデータに基づいて精密な栽培計画を立てられる環境を整えることが不可欠です。
5. 明日の農業を支えるツール:「このあとてんき」の活用提案
前章で述べたデータ駆動型農業へのシフトは、決して多額の投資ができる大規模経営体だけのものではありません。今や、経験の浅い生産者でも、まるでベテランのような的確な判断を下すことを支援するツールが、誰もが手軽に利用できるようになっています。その代表例が、無料で使える日射量予測Webアプリ「このあとてんき」です。
「このあとてんき」は、農業現場が抱える天候判断の課題を、以下の3つの具体的なメリットによって解決します。

• 曖昧な天気予報からの脱却 最大の特長は、天気を「晴れ」や「曇り」といった言葉ではなく、「〇〇W/㎡」という具体的な日射量の数値で予測・提供することです。これにより、「今日の午後は日射量が低下するから、かん水は控えめにしよう」「明日は高日射が見込めるので、CO2施用濃度を少し高めに設定しよう」といった、客観的データに基づいた論理的な判断が可能になります。
• 具体的な作業計画の立案 日々の作業計画の精度を劇的に向上させます。「前日の夜に翌日の日射量を確認」すれば、翌日の人員配置や作業の優先順位をより効率的に計画できます。また、「当日の朝にこの後の変化を確認」することで、急な天候の変化にも柔軟に対応し、作業の無駄をなくすことができます。スマートフォン一つで圃場にいながら最新情報を確認できる手軽さも、現場での実践を強力に後押しします。
• 農業DXの入り口として このような高精度な予測データが無料で公開されている背景には、「日本の農業DXを加速させたい」という弊社の強い思想があります。生産者はコストをかけることなく、データ活用の第一歩を踏み出すことができます。これは、勘と経験に頼る農業から脱却し、データに基づいた経営判断を行う文化を育む上で、非常に価値のある「入り口」と言えるでしょう。
さらに、日射量予測は農業だけでなく、施設屋根などに設置した太陽光パネルの発電量予測にも応用可能です。発電量を事前に予測することで、売電計画や自家消費の最適化を図ったり、予測値と実績値の乖離からパネルの汚れや故障といったトラブルを早期に発見したりと、経営の多角化にも貢献します。
「このあとてんき」のようなツールは、日射量という重要な判断材料(What)を提供します。それに対し、「GO SWITCH」のような環境制御システムは、そのデータに基づいて自動で最適な制御を実行する(How)ソリューションです。まずはデータを「見える化」することから始め、将来的には包括的な自動制御へとステップアップしていくことが、データ駆動型農業の王道と言えるでしょう。
6. 結論:次世代のキュウリ栽培に向けて
本レポートで分析した宮崎県の先進的な事例は、日本のキュウリ栽培が直面する課題を克服し、未来へと発展するための明確な道筋を示しています。大規模化と、ICT・データを活用した精密な環境制御技術の組み合わせは、生産性と持続可能性を飛躍的に高めるための、現時点で最も有力なモデルであることは間違いありません。
宮崎モデルが示したのは、技術の導入そのものではなく、「栽培と経営の思想的転換」こそが次世代農業の要諦であるという事実です。個々の経験知に依存する時代は終わりを告げ、システム全体で生産性を最大化する時代が到来したのです。もはや、個人の「経験と勘」だけに頼る農業では、気候変動や市場の要求に対応し、安定した収益を確保することは困難になりつつあります。これからは、客観的なデータを活用し、誰もが効率的に高品質な作物を生産できる「データ駆動型農業」への転換が不可欠です。
その第一歩は、決して難しいものではありません。読者の皆様には、まず「このあとてんき」のような無料ツールを活用して、日々の栽培管理に「データ」という新たな視点を取り入れることから始めていただくことを強く推奨します。データを読み解き、活用する経験を積むことが、将来的に「GO SWITCH」のような本格的な環境制御システムを導入し、自らの農業経営を次のステージへと引き上げるための最も重要なステップとなるでしょう。競争力を維持し、収益を向上させるための未来は、今日のデータ活用から始まります。
参考資料


