top of page

休日にじっくり読みたい、四国地域におけるナス栽培の最適化:環境制御技術に基づく生産性向上のための専門レポート

1. はじめに:データ駆動型への転換期を迎えた現代ナス栽培


現代の日本の施設ナス栽培は、生産者の長年の経験と勘に依存した伝統的な管理手法から、データに基づき環境を精密に制御する「データ駆動型農業」へと大きな転換期を迎えています。この変化は、単なる技術革新に留まらず、気候変動や労働力不足といった課題に直面する中で、生産性の向上と経営の安定化を実現するための極めて戦略的な選択となっています。


ナス栽培のイメージ画像
ナス栽培のイメージ画像

このデータ駆動型農業への移行は、「計測」「分析」「制御」の三つのキーワードで表せることが出来、つまりはナス栽培を計測し、得られたデータを確立された目標値や実際の生育反応と照らし合わせて分析、その結果に基づき最適な状態を実現するために環境を精密に制御するのです。


この潮流を牽引しているのが、スマート農業技術の普及です。(株)IT工房Z社製の環境計測装置「あぐりログ」に代表される各種センサーがハウス内の温度、湿度、日射量などをリアルタイムで計測し、そのデータを栽培管理に活用する動きが加速しています。さらに、スマートフォン一つでハウスの窓の開閉や潅水設備を遠隔操作するシステムも登場し、これまで多大な時間を要した見回り作業を大幅に削減すると同時に、より緻密でタイムリーな環境制御を可能にしました。これにより、省力化と栽培精度の向上が両立され、生産者は収穫やより高度な生育診断といった付加価値の高い作業に集中できるようになりつつあります。


本レポートでは、こうした技術革新を背景に、四国地域のナス生産者が収量と品質を最大化するための具体的な環境制御技術について、各県の試験研究機関や先進的生産者のデータを交えながら専門的に解説します。これらの技術の根底にはデータに基づいた論理的な判断があり、その第一歩として、まずは最も影響の大きい高温対策から議論を進めてまいります。



2. 地域・作型から見る「高温(暑熱)対策」の戦略


地球温暖化の進行に伴い、施設栽培における高温(暑熱)対策は、作型を問わず収量と品質を維持するための喫緊の課題となっています。特にナスは高温と強い日差しによるストレスを受けやすく、生育不良や品質低下に直結します。効果的な高温対策は、単一の技術で解決できるものではなく、ハウス構造の工夫や換気といった「物理的対策」と、作物の生理的特徴を理解した「生理的対策」の両面から、総合的にアプローチすることが極めて重要です。


2.1. 物理的対策:ハウス構造と換気による温度上昇の抑制


高温対策の基本は、ハウス内の温度上昇を物理的に抑制することにあります。その最も効果的な手段が換気です。


高知県の先進的生産者の間では、天窓やサイド側窓に自動開閉装置を導入し、温度や湿度センサーと連動させることで、設定値に基づいたきめ細やかな管理が実践されています。これにより、急な天候の変化にも即座に対応し、ハウス内環境を最適に保つことが可能になります。


また、湿度管理と連動した対策として、通路への稲わらマルチ施用も有効です。熊本県の試験では、通路に稲わら(300kg/10a)を敷くことで、土壌からの水分蒸散が抑制され、夜間湿度を平均で6%低下させる効果が確認されています。これは灰色かび病などの多湿条件で発生しやすい病害リスクの低減に繋がります。さらに、稲わらは日中の潅水で余分な水分を吸収し、ハウス内が乾燥した際には水分を空気中に放出する湿度緩衝材としても機能し、日中の過度な乾燥を防ぎます。


これらに加え、循環扇を利用してハウス内の空気を緩やかに流動させたり、妻面を開放して風の通り道を確保したりすることも、ハウス内の温度ムラをなくし、熱がこもるのを防ぐ基本的ながら重要な対策となります。


投資プロファイル:物理的対策

相対コスト: 低(稲わらマルチ)~高(統合環境制御と連動した自動換気システム)

主要な便益: 品質向上(高温障害の軽減)、病害リスク低減

最適な対象: 特に夏秋作や、温暖地で盛夏期に栽培が重なる作型において最優先で検討すべき対策。


2.2. 生理的対策:飽差管理による光合成能力の最大化


ナスの生理的特徴として、トマトやキュウリといった他の果菜類に比べて光飽和点(光合成速度が最大になる光の強さ)が低い一方で、湿度環境に非常に敏感であることが挙げられます。


ハウス内が乾燥し、湿度が低い状態(専門的には「飽差が大きい」状態)になると、ナスは葉からの水分蒸散を防ぐために気孔を閉じてしまいます。気孔は光合成に必要な二酸化炭素を取り込む入口でもあるため、気孔が閉じると光合成能力が著しく阻害されます。愛知県の栽培ガイドラインでは、このリスクを回避し光合成能力を最大化するため、日中の湿度を75~80%、飽差を5~8g/㎥に維持することが推奨されています。


高知県のある生産者は、この湿度管理を徹底することでナスの品質、特に果実の「ツヤ」が大きく向上することを実感しています。この生産者は、精度の高い乾湿球湿度センサーを導入し、日中の湿度を70~80%に保つだけでなく、病害発生リスクを避けるために夜間湿度を90%以上にしないという厳密な管理を行っています。また、早朝に天窓を少しだけ開けて緩やかに湿度を下げる「スカシ換気機能」を活用し、結露を防ぎながらスムーズに光合成を開始できる環境を整えています。


以上のように、物理的対策と生理的対策は、相互に補完し合う関係にあります。自動換気(2.1節)のような物理的対策は、飽差を5~8g/㎥に維持する(2.2節)といった生理的管理が成功するための基盤環境を創出します。効果的な換気なくして、細霧冷房だけで過度な高温多湿を克服することはできません。逆に、完璧な換気を行っても、作物の生理的な湿度要求を無視すれば気孔が閉じてしまい、その能力は浪費されます。真に最適化されたシステムは、両者を統合したアプローチを必要とします。そして、この安定した生育環境こそが、次に解説する養水分管理の効果を最大化するための不可欠な基盤となるのです。



3. 養水分管理とその他の地域特有技術


作物の生育段階や日射量、温度といった環境条件に応じて、最適な量の水分と養分を供給する「養水分管理」は、ナスの収量と品質を決定づける核心的な技術です。ここでは、データに基づいた潅水管理の高度化と、各栽培システムの特徴、そして収量を安定させるための草勢診断技術について解説します。


3.1. 潅水管理の高度化:データに基づく最適化アプローチ


長年の経験則に頼りがちだった潅水管理も、データ活用によって論理的かつ精密な制御が可能になりつつあります。


日射量との相関を基本とする 熊本県の農業研究センターの試験により、ナスの吸水量は日積算日射量と強い正の相関関係にあることが科学的に証明されました。これは、「晴れた日は多く、曇りの日は少なく」という経験則をデータで裏付けるものであり、日射センサーの値を基に潅水量を自動調整する「日射比例潅水」の有効性を示しています。

日焼け果対策としての土壌水分管理 特に品質低下が問題となる「日焼け果」は、春先(3月以降)の日差しが強くなる時期に多発します。岡山県の試験では、土壌水分が少ない(pF値が高い)ほど日焼け果の発生が多くなることが明らかになっており、これを防ぐためには潅水開始点の目安をpF2.0以下に保つことが重要であると結論付けられています。

日射と土壌水分の組み合わせ制御 高知県農業技術センターでは、日射比例制御を基本としながら、土壌水分センサーの値を基に潅水量を自動で補正する先進的な技術開発が進められています。このシステムは、土壌が過湿状態の際には自動で潅水回数を減らすことで、常に最適な土壌水分を維持します。実証試験では、収量を維持しつつも潅水量を削減できる可能性が示されています。


3.2. 栽培システムの選択:土耕、ロックウール、養液土耕


生産者の経営方針や目標に応じて、最適な栽培システムを選択することが重要です。


養液土耕栽培 土壌を培地として利用しつつ、潅水と施肥を同時に行うシステムです。岡山県で導入されている「日射制御型拍動自動かん水装置」のように、日射量に応じて自動で潅水と施肥を行うことで、天候に合わせたきめ細やかな養水分管理が可能になります。

    ◦ 投資プロファイル:

        ▪ 相対コスト:中

        ▪ 主要な便益:労力削減(追肥作業)、コスト削減(施肥)

        ▪ 最適な対象:土壌条件が良好で、追肥の労力やコストを削減したい生産者。

ロックウール栽培 土の代わりにロックウールを培地として使用する養液栽培の一種です。高知県の生産者事例では、土壌病害のリスクがなくなり土壌消毒が不要になる点、そして長期にわたる安定した収穫が可能になる点が利点として挙げられています。また、単為結果性品種(例:「お竜」)と組み合わせることで、受粉作業が不要となり、さらなる省力化を実現しています。

    ◦ 投資プロファイル:

        ▪ 相対コスト:高

        ▪ 主要な便益:労力削減(土壌消毒、受粉)、収量の安定化

        ▪ 最適な対象:連作による土壌病害に課題を抱える生産者や、栽培管理の省力化を徹底したい生産者。

ココバッグ(ヤシガラ培地)栽培 ヤシガラを詰めたバッグを培地として利用する方法です。愛知県での実証栽培では、土耕栽培と同等以上の収量ポテンシャルを持つことが示されています。一方で、特に日射量が増加する春以降に給液の電気伝導度(EC)管理を誤ると石ナスや曲がり果といった不良果が発生しやすくなるため、精密な給液管理が求められます。さらに、JAあいち経済連営農支援センターの2016年の実証栽培(実証栽培②)では、3年目のココバッグ培地は、新品(1年目)の培地に比べて初期生育が良好で、年内の初期収量も高い傾向が確認されており、培地の使用年数が初期生育に影響を与えることが示唆されています。

    ◦ 投資プロファイル:

        ▪ 相対コスト:中~高

        ▪ 主要な便益:収量ポテンシャル、土壌病害回避

        ▪ 最適な対象:養液栽培への移行を検討しつつ、培地の再利用によるコスト管理も視野に入れる生産者。


3.3. 草勢診断と仕立て技術:収量の安定化を目指して


前述の高度な潅水管理(3.1節)や栽培システム(3.2節)は、精密な管理を行うための「ツール」を提供します。しかし、それらのツールを「どのように」使うべきかを知るには、作物の状態を客観的に示すデータが必要です。その役割を果たすのが草勢診断です。


データに基づく草勢診断 国内最大のナス産地である高知県安芸地域では、「生育調査」と「バランスシート」を用いた草勢診断手法が普及しています。摘心を繰り返すナスの栽培では、以下の2つの指標が有効とされています。


    1. 樹勢の指標:開花花房直下の茎径

    2. 生長バランスの指標:開花花房直上葉の葉長


これらの値を定期的に計測・記録し、バランスシート上にプロットすることで、樹勢や栄養成長と生殖成長のバランスを客観的に判断し、次にとるべき管理(追肥、潅水、摘果など)の指標とします。


収量性と作業性を両立する仕立て技術 仕立て方や側枝の管理も収量と作業効率に大きく影響します。その論理的根拠は、福岡県農業総合試験場の研究(出典6)によって裏付けられています。下部の側枝は、上部の葉の陰になることで光が十分に当たらず、光合成によるエネルギー生産量よりも呼吸による消費量が多くなる「光合成的赤字」に陥りがちです。また、通気性を悪化させ、病害虫の温床となります。これらの非効率な側枝を除去することで、植物の資源をより生産性の高い上部の成長へと再配分し、全体の効率を高め、不良果の発生を減少させることができます。 同研究では、主枝を垂直に誘引する「垂直仕立て」において、主枝の高さ80cm以下から発生した側枝を整理(除去)しても総収量に悪影響はなく、むしろ不良果の発生割合が減少することが明確に示されました。一般的なV字仕立てにおいても、同様に下位の側枝が過密にならないように整理することが重要です。



4. 結論:自園に最適な環境制御の選択と将来展望


本レポートで詳述してきたように、現代の施設ナス栽培における生産性向上は、多岐にわたる環境制御技術の戦略的な組み合わせによって実現されます。しかし、全ての技術を一度に導入することが最善とは限りません。重要なのは、画一的な正解を求めるのではなく、段階的かつ計画的な投資によって、持続可能な経営を目指すことです。


4.1. 投資の優先順位の考え方:自園の課題を特定する


導入すべき設備の優先順位は、栽培環境と解決すべき課題によって大きく異なります。以下の質問を通じて、自園の最も大きなボトルネックを特定することが、戦略的な投資判断の第一歩となります。


質問1:収量を最も制限している要因は、冬の「日照不足」ですか、それとも夏の「高温」ですか?

    ◦ 答えが「冬の日照不足」の場合(例:高知県の促成栽培など) 冬場の低温・寡日照期は、光合成能力の低下が収量を制限する最大の要因です。この場合、光合成を直接的に促進するCO2施用装置と、その効果を最大化するために日中の温度を適正に保つ日中加温設備への投資が極めて高い費用対効果を発揮します。熊本県、福岡県、岡山県の各試験場で行われた実証では、日中加温とCO2施用を組み合わせることで、厳寒期の収量が対照区に比べて約14~25%増加するという顕著な結果が得られています。¹

    ◦ 答えが「夏の高温」の場合(例:夏秋作など) 梅雨明けから盛夏期にかけての暑熱対策が最優先課題です。高温は生育停滞や品質低下の直接的な原因となるため、ハウス内温度を物理的に下げる設備への投資が収量と品質の安定に直結します。具体的には、細霧冷房装置、高機能な換気システム(天窓・側窓の自動制御)、そして強日射を緩和する遮光カーテンなどが有効です。


質問2:最も労力がかかっている作業は、「潅水・施肥」ですか、それとも「受粉・整枝」ですか?

    ◦ 答えが「潅水・施肥」の場合 日射比例潅水や養液土耕システム(3.2節参照)の導入が、労力削減と栽培精度の向上に直接貢献します。

    ◦ 答えが「受粉・整枝」の場合 ロックウール栽培と単為結果性品種の組み合わせ(3.2節参照)は、受粉作業そのものを不要にし、抜本的な省力化を実現する可能性があります。

これらの問いへの答えが、自園にとっての最適な技術導入のロードマップを描くための指針となります。


4.2. スマート農業への第一歩としての「GO SWITCH」の活用提案


これまで論じてきた高度な環境制御を、省力的かつ高精度に実現するためには、各種機器の自動化・遠隔操作が欠かせません。既存の施設を活かしながら、実践的かつ拡張性のある形で自動化戦略を実行したい生産者にとって、後付け可能なソリューションは非常に有力な選択肢です。その一つとして、弊社の「GO SWITCH」システムは、スマート農業への説得力ある入り口を提供します。このシステムは、スマートフォン一つで「窓開閉」「潅水」「ファン」「暖房」といった既存の設備を、いつでもどこからでも自動・遠隔で制御することを可能にします。

本レポートで取り上げた課題に対し、「GO SWITCH」は以下のように貢献できます。


高温対策の自動化 温度センサーと連携させることで、設定した温度に基づき側窓を自動で開閉できます。これにより、人の手を介さずにきめ細やかな換気が可能となり、高温によるストレスを効果的に軽減します。


データに基づく潅水管理の自動化 「あぐりログ」などの日射センサーと連携させることで、本レポートでも有効性を示した日射比例潅水を完全に自動化できます。また、タイマー機能を用いれば、少量多頻度潅水も容易に設定可能です。


圧倒的な省力化の実現 天候を気にしてハウスへ見回りに行ったり、手動で窓を開閉したり、潅水バルブをひねったりといった日常的な作業から解放されます。これにより創出された時間は、収穫や本レポートで紹介した草勢診断(3.3節)といった、より付加価値の高い作業に充てることができ、経営全体の生産性向上に繋がります。

最後に、データに基づいた栽培管理は、一朝一夕に完成するものではありません。まずは環境や生育状況を「見える化」することから始め、生育調査などを通じて自園のナスの状態を正確に把握する。そして、得られたデータと実際の作物の様子を照らし合わせながら、少しずつ改善を積み重ねていく。この地道なプロセスの先にこそ、収量と品質の飛躍的な向上があると確信しています。


参考文献

5. 独立行政法人農畜産業振興機構. (2022). 産地紹介 高知県 JA高知県安芸地区.

7. 福岡県農林業総合試験場. (2018). 日中加温とCO2施用による促成ナスの増収技術.

8. GREEN OFFSHORE株式会社. GO SWITCH.

14. 岡山県農林水産総合センター農業研究所. (2014). 昼加温と炭酸ガス施用の併用による促成ナスの増収・品質向上効果.

16. 株式会社ルートレック・ネットワークス. ナス栽培での悩みー新技術の導入① 生育調査の方法と活用.

18. 愛知県農業総合試験場, JAあいち経済連. (n.d.). ナスにおける環境制御ガイドライン.

19. JAあいち経済連 営農支援センター. (2016). 施設野菜特集号. AGRICULTURE SUPPORT CENTER, No.181.




「GO SWITCH」は、農業向けに特化した自動化サービスです。私たちのサービスを利用することで、効率的な農業管理が可能になります。今すぐ資料請求をして、あなたの農業を次のステージへ進めましょう!サービスページをご覧いただき、詳細をご確認ください。

bottom of page