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週末にじっくり読みたい、トマト栽培の収益性を最大化する環境制御技術:全国の先進事例に学ぶ「共通トレンド」と「地域別戦略」

はじめに:現代トマト栽培における環境制御の共通認識


現代のトマト施設栽培において、環境制御技術はもはや単なる補助技術ではなく、経営そのものの根幹をなす戦略的要素となっています。生産者の高齢化や後継者不足が進む一方で、燃料費や資材費は高騰を続け、従来のやり方だけでは収益を確保することが年々困難になっています。このような厳しい外部環境の中で持続可能な経営を実現するためには、「低コスト化」と「生産の安定化」という二つの目標を両立させることが不可欠です。


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この課題意識のもと、全国の先進的な生産者は地域や作型を問わず、いくつかの共通した技術トレンドを取り入れています。本レポートでは、まず全国的な潮流となっている3つの「共通トレンド」を概観し、その上で気候や経営方針によって分岐する具体的な「地域別戦略」を詳細に分析します。


光合成の最大化という共通目標 全ての環境制御技術は、最終的に植物の成長の源である光合成を最大化するという一つの目標に集約されます。光、CO2、温度、水といった光合成の必須要素を、作物の生育ステージに合わせて最適にコントロールし、トマトが持つ収量ポテンシャルを最大限に引き出すことこそが、あらゆる技術導入の根源的な目的です。


CO2施用の新常識:「低濃度・長時間」へのシフト かつて主流だった「早朝の密閉時に高濃度で施用する」という考え方は、現在ではより効率的なアプローチへと進化しています。ハウス内のCO2濃度が光合成によって消費され、外気(約400ppm)を下回る「CO2飢餓状態」に陥るのを防ぐことを主眼とした「低濃度・長時間施用」が新たな常識となりつつあります。科学的知見からも、CO2濃度が500ppmを超えると光合成の促進効果が鈍化し、コスト効率が悪化することが指摘されており、闇雲に濃度を高めるのではなく、必要十分な量を安定的に供給する戦略が全国的に採用されています。


スマート農業の普及とデータ活用 環境モニタリング装置(例:「あぐりログ」)やスマートフォンを用いた遠隔制御システムの導入が、北海道から九州まで地域を問わず急速に普及しています。これにより、生産者はハウス内の温度、湿度、CO2濃度といった重要な環境データをリアルタイムで把握し、どこにいても換気窓の開閉や潅水操作が可能になりました。これは、長年の「経験と勘」に依存した農業から、客観的な「データに基づく農業」への歴史的な転換を意味しており、栽培管理の精度と効率を飛躍的に向上させています。



これらの共通認識は、現代トマト栽培の基盤となりつつあります。しかし、これらの技術を具体的にどのように自らの経営に落とし込むかは、それぞれの農園が置かれた状況によって大きく異なります。次のセクションからは、全国の先進事例を基に、気象条件や経営方針によってCO2施用や高温対策といった具体的な戦略がどのように分岐していくのかを深く掘り下げていきます。



1. 地域・作型による「CO2施用戦略」の分岐


CO2施用は、単一の技術ではなく、貴園の経営目標と地域の気象条件に応じて最適解が異なる「戦略的投資」です。本章では、コスト効率を最優先する「守りの制御」、積極的な増収を目指す「攻めの制御」、そして両立を狙う「省エネ・局所制御」の3つの戦略モデルを提示し、それぞれの投資対効果と導入判断のポイントを解説します。


1.1. 【守りの制御(コスト対効果重視)】


このアプローチは、無駄な燃料消費を徹底的に排除し、最小限の投資で最大限の効果を得ることを目的とします。特に、温暖で換気の機会が多い地域や、コスト管理を最優先する経営方針において、まず検討すべき基本戦略です。


その代表例が、熊本県で研究されている「ゼロ濃度差施用」です。この手法の目的は、ハウス内のCO2濃度が光合成によって外気(約400ppm)以下に低下する「CO2飢餓」状態を防ぐことに絞られます。具体的には、換気窓が閉まっている時のみ施用し、窓が開いている間は施用を停止します。これにより、外へ逃げてしまう無駄なCO2を削減し、コストを厳しく抑制します。


この「守りの制御」の有効性は、長崎県の試験結果によっても補強されています。この試験では、日中のCO2濃度を400ppmに維持した区画が、より高濃度な700ppmで管理した区画よりも可販果収量が多い傾向を示しました。これは、闇雲に高濃度を維持することが必ずしも収益向上に直結するわけではなく、むしろコストに見合わない場合があることを示唆する重要なデータです。


1.2. 【攻めの制御(積極的増収重視)】


このアプローチは、特に日射量が少なくなる冬春期において、限られた光を最大限に活用し、積極的に収量を向上させることを目的とします。光合成のボトルネックとなりがちなCO2濃度を戦略的に高めることで、収量ポテンシャルを引き出します。


熊本県農業研究センターの研究では、「換気窓連動施用」重7%増加したという具体的な成果が報告されています。これは、換気時以外はCO2濃度をやや高めに維持することが、日射量の少ない時期の増収に有効であることを示しています。


さらに先進的な取り組みとして、兵庫県の事例が挙げられます。ここでは、換気窓の開度に応じて施用濃度をさらに細かく制御しています。窓の開度が10%未満の密閉に近い状態では800ppmで積極的に光合成を促進し、10%以上開いて換気が始まると400ppmに抑えて無駄を省きます。この精密な制御により、果実の品質を維持したまま約20%もの増収を達成したと報告されており、「攻めの制御」がもたらす収益インパクトの大きさを示しています。


1.3. 【省エネ・局所制御】


このアプローチは、CO2施用と暖房という二大コスト要因の効率を同時に高めることで、コスト削減と収量増加の両立を目指す、いわば「合わせ技」の戦略です。


和歌山県で実証された手法は、その画期的なアイデアで注目されています。通常は床面に設置する暖房機の温風ダクトを、光合成が最も活発なトマトの成長点付近に吊り下げて設置。そして、CO2発生装置から出るCO2を暖房機の吸気口に導き、温風と共に成長点付近へ「局所施用」するのです。この手法により、ハウス全体を暖める必要がなくなり、CO2も最も効果的な場所に集中供給できます。その結果、暖房費を18%削減しながら、出荷量を9.4%増加させるという驚異的な成果を上げています。これは、既存の暖房設備に僅かな工夫を加えるだけで、燃料費と増収の両面から直接的に農業所得を押し上げる、極めて投資対効果の高い戦略と言えます。


同様の考え方として、千葉県の指導マニュアルや北海道の事例では、循環扇を活用してハウス内のCO2濃度を均一化したり、専用のダクトを用いて株元にCO2を供給したりする方法も有効な手段として紹介されています。これらは、施用したCO2の利用効率を最大限に高めるための実践的な工夫と言えるでしょう。


結論として、CO2施用戦略の選択は、冬春期の収量を最大化したい寒冷地では「攻め」の優先度が高く、換気機会の多い温暖地やコストを厳格に管理したい場合は「守り」が堅実な第一歩となります。また、暖房費も課題となる経営では、和歌山県の事例が示すように「省エネ」のアプローチが最も投資効率を高める可能性があります。



2. 地域・作型による「高温(暑熱)対策」の独自性


CO2施用で光合成のポテンシャルを高めても、夏の高温で生育が停滞しては意味がありません。むしろ、攻めのCO2施用で生育を促進した株は、高温期のストレスに一層敏感になる可能性すらあります。したがって、CO2戦略と高温対策は、年間を通じた収益最大化のための「車の両輪」と捉えるべきです。次章では、そのもう一方の車輪である高温対策について、地域ごとの独自戦略を分析します。


地球温暖化の影響により、夏場の高温はトマト栽培における深刻なリスクとなっています。生育適温を大幅に上回る高温は、着果不良や裂果、品質低下を招き、収量を大きく左右します。このため、高温対策はもはや夏秋作型だけの課題ではなく、多くの作型において収益を安定させるための必須の管理項目となっているのです。


2.1. 【物理的遮光・資材活用】


このアプローチは、比較的低コストで導入可能であり、高温対策の基本となる手法です。特に、資材の特性を理解して活用することで、大きな効果が期待できます。


熊本県阿蘇地域のような準高冷地で行われる夏秋トマトの雨よけ栽培では、「『明るさを保ちながら、暑さだけをカットする』赤外線カット資材」の活用が注目されています。この資材の最大の特徴は、光合成に必要な光合成有効放射(PAR)は高い透過率を維持しつつ、熱線となってハウス内温度を上昇させる近赤外線(NIR)を選択的に反射する点にあります。


熊本県農業研究センターの実証試験では、この赤外線カット資材を導入したハウスでは、無遮光のハウスと比較して、果実の表面温度が5.7℃も低下し、高温による放射状裂果の発生が大幅に減少しました。その結果、可販果率は向上し、可販果収量は16〜21%も増加したと報告されています。一般的な遮光率40%程度の遮光資材を使用した場合、同様に裂果は減少するものの、光合成に必要な光まで遮ってしまうため、総収量が減少し、結果的に可販果収量は増加しませんでした。この対比からも、赤外線カット資材が生育を維持しつつ品質と収量を向上させる上で、極めて優れた資材であることがわかります。


2.2. 【積極的な冷却設備】


より高度な温度管理を目指す場合、ヒートポンプなどの設備を用いた積極的な冷房が選択肢となります。これは大規模施設や高単価作物を栽培する場合に検討されるアプローチです。

熊本県の報告書でも言及されている「ヒートポンプによる夜間冷房」は、特に夜間の高温対策として有効です。夜温が高いと、トマトは呼吸によって日中に蓄えた養分(光合成産物)を過剰に消費してしまいますが、夜間冷房によってこれを抑制し、果実の肥大を効率的に促進する効果が期待できます。しかし、これらの設備は導入コストおよび運転コストが高額になるため、熊本の夏秋トマト雨よけ栽培で主流の簡易な単棟パイプハウスよりも、大規模で高軒高な施設園芸に向いている技術と言えます。導入にあたっては、増収による収益増が投資コストを回収できるか、慎重な経営判断が求められます。


2.3. 【施設構造・換気】


高価な設備を導入する前に、まず取り組むべきは、ハウスの構造を工夫し、物理的な換気効率を最大化することです。これは全ての高温対策の基礎となります。


熊本県の事例では、夏期にハウスの「妻面のフィルムを除去するというシンプルながら効果的な対策が取られています。妻面を開放することで、ハウス内に熱がこもるのを防ぎ、自然な空気の流れを促進します。また、「循環扇」を併用することで、ハウス内の空気を強制的に動かし、温度ムラをなくすとともに、葉の周りのよどんだ空気を入れ替える効果も期待できます。これらは、基本的な対策ですが、高温による生育停滞や品質低下を防ぐ上で非常に重要です。


要するに、高温対策はまず換気効率の最大化という基本を押さえた上で、経営規模や許容コストに応じて物理的遮光資材から導入を検討するのが堅実です。積極的な冷却設備は、その後のステップとして、明確な投資回収計画と共に判断すべき高度な選択肢となります。



3. 養水分管理とその他の地域特有技術


CO2濃度や温度・光環境を最適化し、トマトの光合成能力を最大限に高めたとしても、それだけで高収量が約束されるわけではありません。光合成産物を効率的に果実の肥大へと結びつけるためには、その成長を支える適切な量の水と養分を、最適なタイミングで供給する「養水分管理」が「最後の鍵」となります。ここでは、土壌条件や労働力削減のニーズに応える形で発展してきた、先進的な潅水・施肥技術を紹介します。


栃木県で確立され、普及が進んでいる「養液土耕栽培」は、その代表例です。これは、データに基づいた精密な養水分管理を可能にする画期的な栽培法であり、特に短く集約的な栽培期間を持つハウス夏秋どり作型において、労働力と資源投入を最適化する上で戦略的に重要です。


養液土耕栽培の概要 養液土耕栽培は、従来の基肥を中心とした栽培方法とは根本的に異なります。定植前に大量の肥料を土壌に施すのではなく、定植後は基肥を施用せず、生育に必要な肥料を溶かした薄い液肥(養液)を、点滴チューブを用いて毎日少量ずつ株元に直接供給します。これにより、作物の生育ステージに合わせて、必要なものを必要なだけ与えるという、極めて効率的な管理が実現します。


導入のメリットを分析 この技術がもたらすメリットは多岐にわたります。

    ◦ 減肥と環境負荷低減: 作物が必要とする分だけを供給するため、無駄な肥料の流出がありません。北海道立道南農業試験場の試験では、慣行栽培に比べて窒素施肥量を22〜23%も削減できたと報告されています。これにより、肥料コストを削減できるだけでなく、土壌への塩類集積や地下水汚染といった環境負荷を大幅に低減することができます。

    ◦ 収量増加と省力化: 精密な養水分管理により、作物は常に最適な状態で生育できるため、収量も向上します。同試験では、慣行栽培と同等以上の収量(事例では7〜26%増)を達成しています。さらに、タイマーやセンサーと連動させることで潅水・施肥を完全に自動化できるため、日々の管理にかかる労働時間を劇的に削減することが可能です。

    ◦ データに基づく精密管理: 養液土耕栽培の核心は、データに基づいた管理にあります。定期的にトマトの葉柄を採取し、その硝酸濃度を測定する「栄養診断」を行います。これにより、トマトの栄養状態を客観的な数値として「見える化」し、そのデータに基づいて施肥量(養液の濃度や量)を微調整します。このサイクルを繰り返すことで、経験の浅い生産者でも、ベテランのような精密な栽培管理を安定して行うことが可能になります。


必要なシステム構成 養液土耕栽培を導入するには、いくつかの専用機器が必要となります。原水と液肥の原液を正確な割合で混合する「液肥混入機」、養液を株元へ均一に供給する「点滴チューブ」、チューブの目詰まりを防ぐ「フィルター」、そして潅水を自動制御するための「電磁弁」やタイマーなどが基本的な構成要素です。これらのシステム構築には一定の初期投資が必要となりますが、その後の省力化効果や収量増によるリターンは大きいと言えるでしょう。


養液土耕栽培は、単なる潅水・施肥技術ではなく、「経験と勘」をデータで裏付け、最適化していく栽培思想そのものです。初期投資は必要ですが、労働力不足と環境負荷低減が大きな経営課題となる現代において、極めて戦略的な価値を持つ技術と言えます。



4. 結論:自社(自園)に合った環境制御の選び方


本レポートでは、CO2施用、高温対策、養水分管理といった多様な環境制御技術が、全国のトマト生産者の間でどのように導入され、成果を上げているかを分析してきました。これらの事例から明らかになるのは、最適な技術選択に画一的な「正解」は存在しないということです。最良の戦略は、各農園が置かれた「地域性(気候)」「作型」「経営方針(コスト重視か収量重視か)」という3つの軸を基に判断されるべき、極めて個別性の高い経営判断であると言えます。


ここでは、生産者が自身の状況に合わせて最適な技術ポートフォリオを構築するための思考プロセスを、2つの視点から整理します。


気候・作型に応じた優先順位 まず、自園の栽培環境における最大のボトルネックは何かを見極めることが重要です。

    ◦ 温暖地での夏秋作や、近年特に夏季の高温が厳しくなっている地域では、何よりもまず「高温対策」が経営安定化の最優先課題となります。収量と品質を安定させるための最初のステップとして、熊本県の事例で見たような「赤外線カット資材」の導入や、ハウスの換気効率の改善といった、コストを抑えつつ効果の高い対策から着手すべきです。

    ◦ 一方、寒冷地や、日射量が少なくなる冬春期の収量を最大化したい経営においては、「CO2施用技術の高度化」が投資対効果の高い選択肢となります。光が限定的な状況では、CO2濃度が光合成の律速段階になりやすいため、熊本県や兵庫県の事例で紹介した換気窓連動制御や、和歌山県の事例のような局所施用など、コストを抑制しながら光合成効率を最大化する戦略が、収益向上に直接結びつきます。


スマート農業による技術の統合と省力化 これらの高度な環境制御を、日々の天候変化に合わせて人手だけで完璧に行うには限界があります。ここで決定的な役割を果たすのが、スマート農業技術による「自動化」と「統合」です。


• 例えば、GREEN OFFSHOREの「GO SWITCHのような遠隔自動制御システムは、本レポートで紹介した複合的な戦略を実践するための強力なツールとなります。このシステムを導入すれば、スマートフォン一つで、温度に応じた窓の自動開閉、日射量に応じた自動潅水、そして換気状況と連動したCO2の自動施用といった、これまで熟練の生産者が長年の経験を頼りに行ってきた高度な判断と操作を、自動で、かつ遠隔から実行できるようになります。これにより、生産者は日々の煩雑な管理作業から解放され、栽培計画の策定や販路開拓といった、より付加価値の高い戦略的な経営判断に時間と労力を集中させることが可能になります。


結論として、現代のトマト栽培で高収益を安定的に実現する鍵は、個別の技術導入から脱却し、CO2、温度、養水分といった全ての要素をデータで連携させる「栽培システムの設計者」へと、生産者自身の役割を進化させることにあります。このシステム思考こそが、外部環境の変化に強く、低コストで高収益を持続する次世代の農業経営の新しい常識となるでしょう。




参考文献

• 岩本英伸・宮本哲郎. (2020). 夏秋トマト雨よけ栽培における赤外線カット資材による終日遮光は放射状裂果の発生を抑制し可販果収量を増加させる. 熊本県農業研究センター研究報告 第27号.

• 週末にじっくり読みたい、収量アップの新常識!トマト栽培をアップデートするCO2施用とスマート農業の最前線. (GREEN OFFSHORE).

• 鹿児島県. (2021). 環境制御技術を使いこなそう!.

• 堤志保, et al. (2021). トマト促成栽培における換気窓連動による2レベル調節型の炭酸ガス施用は冬春期の可販果収量および可販果数率を増加させる傾向がある. 熊本県農業研究センター研究報告 第28号.

• 農研機構 野菜茶業研究所. (2008). 主要な野菜品目および茶業における低コスト安定生産技術の開発に向けた研究戦略.

• 北海道農政部生産振興局技術普及課. (2024). 省力化技術事例集(上川・留萌管内のスマート農業).

• 北海道立道南農業試験場. (2004). ハウストマト養液土耕マニュアル.

• JA全農 肥料農薬部 技術対策課. 養液土耕栽培システム 導入価格例.




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